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個別記事の管理2011-11-22 (Tue)
 それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものは、この世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり。

 されば、いまだ万歳の人身をうけたりという事をきかず。

 一生すぎやすし。

 いまにいたりてたれか百年の形体をたもつべきや。

 我やさき、人やさき、きょうともしらず、あすともしらず、おくれさきだつ人は、もとのしずく、すえの露よりもしげしといえり。

 されば朝には紅顔ありて夕べには白骨となれる身なり。

 すでに無常の風きたりぬれば、すなわちふたつのまなこたちまちにとじ、ひとつのいきながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて、桃李のよそおいをうしないぬるときは、六親眷属あつまりてなげきかなしめども、更にその甲斐あるべからず。

 さてしもあるべき事ならねばとて、野外におくりて夜半のけぶりとなしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あわれというも中々おろかなり。

 されば、人間のはかなき事は、老少不定のさかいなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念仏もうすべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。


現代意訳

 人間が、いかに根無し草のようにフラフラと生きているかということを考えてみると、まあ、はかなくもあっけないのは、この世での一生の過ごし方、それはもう、夢・幻のようなものです。

 というのは、いまだもって、1万年も生きることが出来る身体を得たという人は聞いたことがありません。

 一生はあっという間に過ぎてしまうものです。

 どこの誰が、100年も同じ姿形でいられるというのでしょうか。

 自分が先か、他人が先か。

 今日なのか、明日なのか。

 先に死んだり、後で死んだり、死んで行く人は、雨のしずくや露の玉ほどにたくさんで、数えることは出来ないものです。

 朝には、元気な顔をしていた人が、夕方には白骨になっているのです。

 ちょっとばかり、予想だにしなかった出来事が起これば、たちまち、目は閉じてしまい、息も絶えてしまうのです。

 艶やかな顔が、無慚にも変わり果てて、元気な時とはうって変わってしまうのです。

 親兄弟、子供や孫、親戚が集まって、嘆き悲しんでも、もう生き返ることはありません。

 しかたなく、葬式をして、火葬にすれば、そこには、白骨だけが残るだけです。

 死んでしまえば、哀れというか、空しく勝手気ままに生きたことが愚かなことに思えてなりません。

    == 以上の部分は 後鳥羽上皇が流罪になったとき、栄耀栄華の時代を思い返し、書き記したものと伝えられている。 以下の部分は、蓮如が書き加えたと言われている ==

 人間の命は、はかないものであり、年寄だから、若いから、という区別はないのです。

 誰もみんな、明日をどう生きていけば良いのかということを、いつも心の中にしっかりと据えて、「大事に生きよ」という自分にかけられた命の願いに沿って、「命は大切なものだ。その命を大事に生きて行く自分になる」と繰り返し繰り返し自分に言い聞かせていくべきものなのです。

 あぁ、そのことは、私にとっては、もったいないことでしたねぇ。

<参考>真宗大谷派宗玄寺エンタープライズ

怒涛の三連続御葬式では三つとも浄土真宗だったため(宗派は違いますが)、
お経の後に御文さんが読まれました。
<参考>御文

上の文は、特に御葬式で読まれるものです。
<参考>白骨
アタシも祖母が亡くなった時に、すっかりおなじみの御文となりました。

お坊さんが読まれるのを聞いてると、独特の口調で読まれるためかつい耳を流れて
しまうんですけどね。
でも今回はひときわ衝撃的なことがあり、検索したら格好の意訳が見つかったので
紹介させていただきました。



なぜかと申せば。。。。
実は二番目に亡くなってた町内の親せきは、自らの人生の終幕を選択されたからです。

最初に聞いた時は信じられませんでした。
つい先日も町内のイベントで、顔を合わせて皆でご飯を食べてる姿を見たからです。

但し元気がないのが気になりました。
仕事が徹夜続きだと聞いたので、疲れてるのかとみんな思ったのです。
それにしても元気がないというか、覇気がないのがアタシ気になったのですが。。。
こういう結果となり、アタシは
『何で??』
という混乱した思いでいっぱいで、最初に亡くなった義叔父どころではなくなりました。


亡くなって顔を拝ませてもらうと、とっても穏やかな顔でした。
仕事で相当悩んでられたようなので、それらから解放された思いなのでしょう。
晩酌やタバコが増えて、不眠にも悩ませられたようですから。

それは皆も、お寺のご住職も感じてられました。
住職はお通夜の法話でこのようなことをおっしゃいました。
『昨日御顔を拝ませてもらいましたが。。。
 とっても穏やかな顔で、苦しみから解放されたのだと思います。
 ですから「なぜ」とか色々思いはありますが。。。
 亡くなった方を責めるのではなく、受けた思い出を大事にして、
 送ってあげましょう』



確かにその通りです。
とっても腰の低い方でした。
アタシなんかにも丁寧で、返って恐縮してしまうくらいの穏やかでいい方でした。
正直奥様は苦手なのですが。。。
この方が当主ならその家とのお付き合いもまあ大丈夫かな、と思ったくらいの方です。


ですから余計に惜しまれてなりません。
死んだらおしまいなのに。
あとで後悔しても、遅いのに。
お仕事で悩んでたとしても、家族を置いてどうしてそういう選択をされたのか。
かしこい方だから、残された家族が
どんな影響を受けるか
どんなに自分を責めるかわかるだろうに。

。。。そう思うと、白骨の御文の後半部分がひときわ身にしみます。


平穏無事に生きられることは、決して当たり前ではない。
穏やかに過ごせることに感謝すべきなのだ。
そりゃ人生穏やかなことばかりではなく、いいことも悪いこともあるものだけど、
日々無事に過ごせるように努力して。。。
そして親からもらった命を精一杯使いきらなくてはいけない。

そう思った今回の出来事でした。



※本日はコメント欄閉じさせてもらいます。

P.S.
身の周りに、毎日眠れない、飲酒やタバコの量が増えたなど
行動の変化があった方はいらっしゃいませんか??
眠れないのは異常なんです。(普通は疲れたら寝られるものです。)
決して飲酒やたばこでは、ストレスは解消されませんよ。


もしそういう方がいらっしゃったら、どうか行動や言動に注意してあげて下さい。
精神的におかしいと思われる場合は、周囲の方と連携して
早期にカウンセリングを受ける、又は心療内科や精神科の受診を
勧めてあげてください。


皆様の早期の対応で救われる命はあります。
どうかよろしくお願いいたします。
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